提携米通信2004年2月号
農業・食糧政策はどうする。

2004/1/17 黒瀬農舎作業場 向かって右が菅さん、左が私(黒瀬正)真ん中は寺田衆議院議員
この冬は、九州など暖地では、異常に厳しい寒さが襲っているとTVや新聞で報じられていますが、秋田の1月は、この数年同様に今年も暖冬です。
この分では、今年のお米作りも、異常気象に振り回らせると覚悟しているこの頃です。
ところで、アメリカの狂牛病による牛肉の輸入禁止。鶏のインフルエンザでタイ、ベトナムの鶏肉の輸入禁止。日本国内でも鶏のインフルエンザが山口県で発生。
今日は(1月28日)中国のアヒルに大量のインフルエンザ発生で中国鶏肉も輸入禁止などなど、農業・食糧について考えさせられる問題が最近頻発しています。
上の写真は、こうした中で、菅直人民主党代表が「非公式に農政問題について意見を聞くため、急なことだが明後日行きたい。」と突然電話が入り、一日お相手した時に、少し時間が余ったので、我が家の作業場を案内し、説明している時のスナップです。
私は、民主党だけに期待する政治信条を持つ人間ではありませんが、日本の農業食糧問題に関心を示してくれることは、どの政党であっても大いに歓迎と、色々話し合いました。
菅さんの訪問のねらいは、民主党は、「都市政党」という色彩が強く、農業・農村問題についての基礎情報が入りにくい。党としての農業政策を樹てる場合のスタンスをどこに置くのか、などの参考情報を得たい・・・・・。 このような趣旨での訪問でしたので、農業農村の色んな問題を長時間説明しました。そこで今号の次頁は、農業食糧政策にふれてみます。
日本の農業政策は最近軽んじられているという意見があるが・・
日本は世界の先進国の中で、食糧の自給率が最低である。これに対する適切な政策は行われていない。一方で、生産者側がみても農業関連財政支出は、人件費も含め無駄が多すぎる。
農業関連財政支出の本来の目的は、安心安全な食糧の安定的な国内確保=安心できる食糧の自給率向上のはずなのに、税金をマト外れに浪費して、日本農業をダメにしてきたのが実態です。政策上で農業が軽んじられて、農業が衰退したのではなくてその逆の面がある。
では、実際の政策立案で具体的に何に気を付ければよいのか
今日では、農業も他の産業と同じように、一つの産業・職業と位置づけた政策姿勢が必要。
産業を活性振興させるのは、昔ならば政策主導も効果的な方法であり、また成果も期待できた。しかし、現在はこの手法は通じない。農業も同じである。
その産業を活性化する源は、「人」である。実際に仕事に従事する人の創造力や努力にかかっている。しかし、政策がまったく不要ということではない。一定の役割がある。
政策で一番大事なことは、やる気のある農業者が自由に伸び伸びと経営を工夫し、行うことを「邪魔しない」こと。次に大事なことは、これを更に伸ばすにような「支援」だけです。
農家自らで行えることに政策は、手や口を出さず、個々の農業者では行うことができない、日本の自給率の向上に必要な仕事だけを行うというキチンとした「機能分担」の姿勢が必要。 具体的な例を示せば、作物の作り方や家畜の飼い方、米を作れ、野菜を作れなどの奨励も指導も不要。そんなことはプロの農業者が、個々の判断と努力で行う。これに手や口や税金を出して来たのが今までの農政。一方で、○○平野の用水や排水の量・質共に改善したり確保するなどのことは、政策の仕事である。政策は、このようなインフラなどに特化すべきです。
「規制緩和」と、「機能分担」。これにより、活力ある農業者が育ち、自給率は向上する。
私たちは、国に意見したために、30年近く公的融資や補助の打ち切り差別を受け、その結果、不十分ながら他よりも経営確立できた。今では、差別した役人や政治家に感謝している。
自給率向上のために、所得補償制度は本当に必要か
市場経済社会での経営や道徳観が育っていない日本の農業者に、税金を配って農家の所得を補填する。という直接支払い・所得補償制度導入は、ますます日本農業を衰退させる。
所得補償制度導入は自民党の農林族も最近唱え始めている。これは、無知素朴な農民票を取り込もうとする政党の功利的な大衆迎合政策だ。
儲からない農業を行う農民は気の毒だ。国内自給率を上げるために、農民を応援しよう。という暖かい気持ちは、孫をかわいがるのと同じで過保護に通じて、子を(農民を)ダメにする。
最近、政府に頼ってもどうしようもないと、農民が気づき始めてきた。自立心・自己責任、仕事を通して社会に貢献しようとする社会性が農民に育つ兆しがやっと見えてきた。この折角の時期に、所得補償金をバラ撒けば、折角のこの芽を摘むことになる。政策スタンスは、農家の自立や自己責任の自覚を妨げない、財政や税制支援、或いは、インフラに移すことが大事だ。
狂牛病やサウズも、吉野屋さんやマクドナルド問題も、できるだけ安い人間の餌を供給することは「善」という、価格合理性の追求から出た歪みだ。この価値観の蔓延を止める規制政策は不要だが、食糧政策には、食糧は人間の飼料でなく「食べ物」である。という視点が必要だ。
投稿者 kurose : :2004年02月01日








